日本貿易振興機構(ジェトロ)マニラ事務所所長の後藤崇志氏(70歳)が、フィリピンと日本への思いを語る。
ブリッジズ:: 70 周年記念式典の重要性を最もよく説明するとしたら何でしょうか?

後藤まずは、友好条約を締結して70年の節目にこうしてフィリピンで働けることを幸せに思います。一方、この70周年ということを、またはフィリピンという国自体を、日本に暮らす日本人はあまり知りません。
日本は、飛行機でXNUMX時間前後の近い距離にあり、また優秀で明るく、英語を自由に使える人材が豊富なフィリピンを、もっと知って、理解し、一緒に将来の展望を描いていくべきです。
70周年ということで、在フィリピン日本大使館をはじめ、多くの組織が記念事業、記念イベントを開催します。こうした活動を通じて、フィリピンという国を、より多くの日本人、日本企業に知ってほしいと思います。
2026年の計画とジェトロマニラの今年の目標は何ですか?
我々の活動の対象となるのは、
①すでにフィリピンに進出し、活動されている日系企業、
②これからフィリピンとのビジネスに関心をお持ち日本の企業、そして、
③日本への進出しようとするフィリピンの企業、これにはスタートアップ企業も含めます。そして、日本で働きたいと考えている大学生や大学院生などです。
(4)高度専門職として日本で就労することを希望するフィリピンの大学生及び大学院生
日本にも残念に思うところが多くすべてが優れているとは思いませんが、日本の良い面を是非、フィリピンにも取り入れ、そしてフィリピンがより豊かな国になり、フィリピンで暮らす方がより安心して、より快適に生活し、幸せに暮らせる国になってほしいと思っています。
まずは、友好条約を締結して70年の節目にこうしてフィリピンで働けることを幸せに思います。
後藤崇日本貿易振興機構(ジェトロ)マニラ事務所所長

そのための基盤、両国に橋を架けるならその橋脚となるのが、フィリピンに進出し、フィリピン人を採用し、事業活動を続ける日系企業だと考えます。
日本の企業は、伝統的に、そこで働く人を教育し成長させ、また従業員の家族、また企業が立地する地域を大切にします。そんな日本企業の要望や困っていることなどをしっかり把握し、日本政府の一機関としてその解決をお手伝いしたいと考えています。
また、これからフィリピンへ進出してこようとする日本の企業の支援もいたします。毎年、フィリピンの家庭の収入は確実に伸びています。そうした金銭的に豊かになるフィリピン国民に対して、日本の食料品を含む優れた製品や伝統的な文化や最近のアニメなどのソフトパワーなどを紹介していきたいと思います。

今年2月には、「果物の宝石」である日本産のイチゴを紹介するイベントを実施しました。これからも、日本の魅力を紹介していくので、楽しみにしてほしいと思います。
最後に、日本への進出しようとするフィリピンの企業、特にスタートアップ企業の支援を行います。フィリピンの若者による斬新な技術とアイデアを、日本企業のニーズまた時には資金力とを引き合わせることによって、これからの社会を支える企業が生まれ、育っていってほしいと思います。
さらには、日本で働きたいと考えている大学生や大学院生などの夢も叶えたいと、今、いろいろな企画を考えています。まず今年は、日本についての各部を持っている大学と一緒に、大学生に対する日本企業について学ぶセミナー、日本を訪問する大学のゼミの日本での活動をお手伝いなどができればいいなと大学を訪問していろいろアイデアを練っています。
今年1年だけの課題ではありませんが、上に述べたような目的のため、まずは、私たちジェトロの活動をもっと多くの方に知ってもらわなければならないと強く持っています。さまざまなところで情報発信していきたいと思います。
JETROマニラの成功と成果に関して、読者に伝えたいメッセージはありますか?
ジェトロマニラ事務所は、上記の友好条約締結したその年、1956年のXNUMX月に開設しました。戦後の復興を支えた日本の製造業は、日本製で高品質低価格の商品を、世界へ輸出しました。当時、ジェトロはそうした優れた日本製品をフィリピンの市場へ紹介する役割を担っていました。
その後、1970年代になりますと、日本の優れた製造技術をフィリピンへ移転させ、フィリピン国内における製造業の育成支援を行っています。そのうえで、フィリピンで輸出に適した優れた商品を発掘するための専門家を日本から派遣するなどして、さらなる日本フィリピン間の貿易の拡大に尽力しました。
フィリピンの若者による斬新な技術とアイデアを、日本企業のニーズまた時には資金力とを引き合わせることによって、これからの社会を支える企業が生まれ、育っていってほしいと思います。
1980年代には、プラザ合意などにより円高ドル安が進み、多くの日本企業が海外へ製造拠点を移しました。
フィリピンは日本企業にとって、製造拠点となりました。1990年代になると、フィリピン側ではPEZAが設立され、日本の製造業の進出が加速しました。ジェトロもこうした日本企業の海外進出をお手伝いしています。また、1990年半ばには、ジェトロは、日本の映画見本市を開催するなどして、日本のソフトパワー、優れたコンテンツの輸出にも力を入れ始めています。
2000年以降は、製造業の進出とともに、日本の小売店や飲食店の進出が見えるようになってきました。今、どこのショッピングモールを歩いても、日本ブランドの小売店や飲食店を見ることができます。また、日本のアニメーションをはじめとする日本の文化、ソフトパワーにも高い関心が集まっています。日本の文化を喜んでいただけるフィリピン人が多いことをとても嬉しく思います。

また、2024年XNUMX月、日本からフィリピンへイチゴの輸出が解禁されました。日本では果物の宝石として取り扱われるイチゴを、フィリピンの消費者へ紹介する事業も行っています。
このほか、フィリピンにおけるスタートアップ企業の支援などを行っています。フィリピン人によるスタートアップ企業の日本での活動も支援しますし、もちろん、日本のスタートアップ企業のフィリピンでの活動も支援したいと考えています。現在、数多くの日本からのスタートアップ企業がフィリピンの社会課題の解決に貢献していることをここでご紹介したいと思います。
最後に、優れたフィリピン人材の日本での就業や活躍のための支援も行っています。現在、フィリピン国内の主要大学を訪問し、学生が持つ日本企業への就業に関心についてのヒアリングなどを行ったり、また、大学が学生からなるデリゲーションを派遣する際、日本側での活動支援などを行っています。
今後は、こうしたスタートアップ企業の支援、フィリピン人大学生の日本企業への就業支援、そして、食文化やアニメなどのコンテンツ産業と協調した日本産品のフィリピンへの輸出、または技術移転を支援したいと考えています。
今後は、こうしたスタートアップ企業の支援、フィリピン人大学生の日本企業への就業支援、そして、食文化やアニメなどのコンテンツ産業と協調した日本産品のフィリピンへの輸出、または技術移転を支援したいと考えています。
フィリピンでの生活と仕事についての第一印象はどうでしたか?
マニラに着任したのは、昨年のクリスマス前の時期、街が一番、きらびやかに飾り付けされているころでした。ショッピングモールには、多くの買い物袋を提げた買い物客や飾られたクリスマスツリーの前で記念撮影する人たちであふれていました。
着任後すぐに前任者とともに挨拶周りした仕事でお付き合いのある方ばかりでなく、オフィスでのクリスマスパーティやNew year toastでお会いしたたくさんの方、その他大勢の方にとても快く、心開いて、受け入れてくださったように思っています。

そんなとても素敵な方々と一緒に仕事をしていけると分かり、安心し、また嬉しく思いました。1つ、強く残念に思うのは、食事についての一面です。ショッピングモールにあるフードコートで見たのは、テーブルに上に置かれた食事は、茶色い揚げ物、白いご飯、黒い清涼飲料ばかりという感じがしました。
日本の食文化、食事などを紹介し、フィリピンの方の生活を質的にも高めたいと強く思いました。
